かつて自由自在にオナラを出せた

 私が子どものころ、さまざまな特殊な体質の人や特殊な特技を持っている、いわゆる『びっくり人間』と呼ばれる人たちを紹介するテレビ番組が大人気だった。まるで磁石のように肌にスプーンやフォークがくっついてしまう人、全身を無数のハチに覆われても平然としている人、のどに突きつけられたヤリをのどの力だけで真っ二つに折る人、口から飲んだヘビを鼻の穴からだす人、全身が獣のように毛だらけの人、あたかも漫画のキャラクターがおどろいたときのように目玉が前に飛びでる人、うじ虫やゴキブリをお菓子感覚で食べちゃう人など、まさに全国の視聴者が仰天するびっくり人間たちが次々に登場して私もおおいにおどろかされた。
 その中に自由自在にオナラをだせる人が登場したことがあったのだが、みなさんはあれのからくりをご存じだろうか? 実は私はあれのからくりを知っている。なぜなら、かつて私も自由自在にオナラがだせたからだ。
「どうせオナラがでやすいそういう特異体質なだけなのだろう?」とか、「いやいや、そんな自由自在にオナラなんかだせるわけがない、単純にばれないようにこっそり口からオナラっぽい音をだしてごまかしているだけなのだろう?」などとご考察のそこのあなた、不正解です! 実はあれは肛門を操作して意図的に開き、開いた際に空気を吸いこみ、閉じながら吸いこんだ空気を一気に排出しているのです。それを何度もくりかえすことで自由自在にオナラをしているように見せているのです。
 あれはたしか私が十一歳のときだ。ベッドの上でうつ伏せになって漫画を読んでいたときに、ずっと同じ体勢でいることに腕が疲れたので、ふと四つん這いに体勢を変えた。その拍子になぜだかカパッと肛門が開いてしまい、さらにどういうわけか勢いよく空気をズボボッと体内に吸いこんでしまったのだ。
「あっ、入っちゃった!」
 びっくりした私はあわてて吸いこんでしまった空気を肛門から体外に排出した。その際に「ブボォー」というたいへん派手な音とともにオナラそのものの匂いが周囲に立ちこめた。臭かった。私はこのときにまったく偶然にも肛門を自由自在に開閉させる操作方法を知ったのだ。同時に肛門を開いて空気を吸いこみ排出する行為がけっこうな快感を伴うものだということも知った。
 それから、ひとしきり吸いこんでは「ブボォー」、吸いこんでは「ブボォー」と遊びつづけた。未知の快感に酔いしれていた。私は精通を迎えてペニスで遊ぶことをおぼえるよりも先に肛門で遊ぶことをおぼえたのだ。このときあまりにも夢中になりすぎて部屋中が猛烈にオナラ臭くなっていることにちっとも気づいていなかった。廊下を通りかかった母の「廊下がオナラ臭いっ!」という怒りの言葉にはっとして我に返った。自分の部屋はおろか部屋の外の廊下までもがオナラ臭に支配されていたことをやっと理解した。それほど生まれてはじめての肛門遊びに浮かれていたのだ。部屋の窓を全開にし、換気し、はじめての肛門遊びは終了した。そして、これからは節度を守りながら肛門を開いては空気を出し入れして遊ぶと決めた。
 翌日、学校で同級生らに「肛門から空気を吸えるか?」と聞いてみたところ、みんな一様にきょとんとするばかりだった。同級生の中には、私の言っていることがすこしも理解できなくてよほどイライラしたのか「話しかけてくんなよっ」とつめたくあしらってくる者もいた。どうやら誰もが簡単にできるようなものではないらしかった。
 琉球空手に腹筋の特殊な操作で睾丸を体内に隠しながら戦い、金的を受けてもノーダメージでいられる『コツカケ』と呼ばれる特別な技法があると聞いたことがあるが、肛門から空気を吸い排出するという行為もそれと比類するような、なにか特別な体内操作をしてはじめて成しうる技なのだと理解した。そんなとんでもない技を私は偶然にも手に入れたのだ。なんだか自分が特別な存在になったような気がしてたいへん愉快だった。
 ある日、会得したこのすばらしい技をさらに極めようとさまざまな体位で肛門を開いてみようと試みたことがあった。正座してみたり、あぐらをかき体を傾け片方のおしりをあげてみたり、仁王立ちしてみたり、四股を踏んでみたり、片足をベッドの上に乗せ波止場にいる男のようなポーズでかっこつけてみたり、だが、どんな姿勢で試しても肛門はいっさい開いてくれなかった。私は四つん這いの姿勢でなければ肛門を自由自在に開くことができなかった。テレビで観た自由自在にオナラをだす人は仰向けに寝て足をM字開脚しながらやっていたので、人によって得意の操作姿勢もちがうということがわかった。
 そんな肛門遊びライフを送りながら私は十三歳になった。あれはたしか私が中学校一年生のときだ。この日も肛門を開いて空気を出し入れして遊んでいたのだが、あるときふと思った。
「自分はいったいなにをやっているのだろう……。まるでバカみたいじゃないか……。よく考えたらオナラなんて臭いし汚いし……。こんなことができても自慢にもならないし……」
 唐突に気持ちがさめてしまい、この日を境に私は肛門で遊ぶことをきっぱりとやめた。
 数日後、私はなにげない出来事から最大限の恐怖を味わうことになる。学校から下校しようと階段からほんの軽い気持ちで飛び降りた拍子にうんこをもらしてしまったのだ。私はもともとけっこうな頻度でうんこをもらすタイプのフランクな少年だったが、このときばかりは「やれやれ、またもらしたか」などと冷静沈着ではいられなかった。なぜかというと、すこし前にこっそり夜更かしして観た深夜のお色気系テレビ番組で、ゲイの人が長年アナルセックスを楽しんでいたら肛門がずいぶんゆるくなってしまい、すぐにもらすようになってしまい、オムツが手放せなくなってしまったという話が子どもには衝撃的でよくおぼえていたからだ。当時はいまよりもっとセックスのことをよくわかっていなかったが、それでもゲイの人のセックスが肛門にペニスを入れるということはなんとなく理解していた。きっと私も頻繁に肛門を開いて空気を出し入れして遊んでいたがために、そのゲイの人と同様に肛門がゆるくなってしまったのだとはなはだ戦慄した。
 恐怖で気が気でなくなり、半ばパニックになり、半泣きで息を切らしながら走って家に逃げ帰った。泣きながらシャワーを浴び、下着の処理をおざなりに済ませ、自室で一人「明日も学校でもらしてしまったらどうしよう……。こんなガバガバな肛門で明日からどうやって生きていけばいいというのか……」と強烈な恐怖に襲われていた。学校でうんこをもらしてしまったことが同級生にバレる。それがなにを意味するかは誰でもわかるだろう。死刑だ! 死刑判決を言い渡されたと同義だ!
 ゆるくなってしまった肛門をなんとしてでも塞がなければいけないと焦ったあげく、いったん瞬間接着剤で肛門を塞ごうかと浅はかな考えが頭をよぎった。しかし、「いや、そんなことをしてしまったら、余計たいへんなことになる」とすぐに冷静さをとりもどした(好判断だった)。いつもらしてもいいように私もゲイの人を真似てオムツを愛用して生きていこうとも考えたが、そんなもっこりしたものを着用して登校なんぞしたら、初日からたちどころに周囲に露見してしまい、「オムツ野郎」というなんのひねりもないそのままズバリなとても不名誉なニックネームを同級生につけられてしまうに決まっていると思い直した。下着を二枚はき、そっとおしりをガードする方法も考えたが、そんなものではなにも防げない。ほかになにかいいアイデアはないかと家中をウロウロしていると、飲み干したワイン瓶とコルクがテーブルに置かれているのが目に入った。「これだ!」と直感した。私はコルクをさっと手に取り、すかさずむんずと肛門に挿しこんだ。かなりの痛みが肛門に走り、「こんなもの入るかっ!」と怒りながらコルクを床に勢いよく投げ捨てた。転がるコルクをながめながら「待てよ」と、ふたたび手に取り、まじまじと観察した。「肛門になにかを挿しこんでフタをするという発想自体は悪くない。問題は大きさなのだ。座薬くらいの大きさにすればいいんだ」と思い、カッターで座薬くらいの大きさに慎重に丁寧に削り、もう一度むんずと肛門に挿しこんでみた。それでも、コルクはやっぱり固いため歩いてみたら痛かった。素直にあきらめることにした。
 とぼとぼと自室にもどり、しばらく絶望に打ちひしがれていたところ、突如として名案が浮かんだ。
「そうだ! トイレットペーパーを座薬の形にして肛門に挿しこめばいいんだ!」
 すぐさまトイレにかけこみ、トイレットペーパーをちょうどいい長さで切り取り、部屋にもどった。さっそく座薬に近い形にまるめてむんずと肛門に挿しこんでみた。しっくりきた。今度は狙い以上にしっくりきた。歩いてみてもなんの痛みも違和感すらなかった。すぐに気に入り、翌日からはこのスタイルでいくと決めた。
 それからは不登校になる中学校二年生二学期まで、かならず登校前に肛門にまるめたトイレットペーパーを挿しこんでから家をでて、そのまま学校で過ごし、帰宅後にそっと引き抜くという生活をつづけた。校内で動いた拍子に自動的に抜けてしまうこともままあったが、そういうときは用心深く周囲を確認してからパンツに手を入れ、むんずと挿しこみ直した。たぶん誰にも気づかれていなかったと思う。
 私は毎年かならず運動会のリレーのメンバーに選ばれていた程度には足が速かったのだが、リレーのときも当然トイレットペーパーを肛門に挿しこんだまま走った。抜けないように細心の注意を払いながら走った。それが功を奏したのか、トップを走る子と五十メートルは差があったにもかかわらず、前を走る全員をあっというまにごぼう抜きにし、トップで次の走者にバトンを渡すことができた。
 そんな感じで肛門にフタをしながら一年以上は生活したが、学校で二度ともらすことはなかった。その後、紆余曲折あり不登校になってしまったが、学校以外でもらすぶんにはなにも問題はないので、それでトイレットペーパーを肛門に挿しこみながらの生活は終わった。いつしか「肛門がガバガバになってしまった。うんこをもらしたらどうしよう」と恐怖に支配されてふるえていたことすらすっかり忘れて、思いだすこともほぼなくなっていた。せいぜいふとした拍子にもらしてしまい、「やっぱり多少はゆるくなっているのかなあ?」とのんきに思いだす程度だった。
 それから約十年後、「そういえば自分にはこんな特技があったな」と唐突に思いだしたので、ひさしぶりに肛門を開いて空気を出し入れしてみようという気になった。特にこれといった理由もなく、ただなんとなくそう思った。
 さっそくむかしのように四つん這いになり肛門を開こうと操作した。だが開かない。「あれ? おかしいな?」もう一度肛門を操作してみる。開かない。肛門を操作してみる。開かない。何度やってみても開かない。そんなわけがないとむかし試したさまざまな体勢を思いだしながらやってみても肛門はいっさい開いてくれなかった。思わず力が入りすぎ、あやうくもらしそうになり、あわててトイレにかけこんだ。トイレでうんこをひねりだしながら私は確信した。
「大人になったせいで肛門を開くための操作方法が変わってしまったのだ!」
 十年。人が変わるには十分な月日。私の体は大人になった。体毛は濃くなり、ひげが生えるようになり、骨格は太くなり、すこしだが身長も伸び、声も低くなった。体が大人になったせいで身体感覚が変わってしまったのだ。たとえば子どものころに肛門を開いて空気を出し入れする操作方法が『上上下下左右左右BA』だとしたら、大人になってからの操作方法は『上上下下LRLRBA』や、もしくは『上上下下左右左右×○』などのように微妙になのか大幅になのかそこはよくわからないが、とにかく変わってしまったのだ。そういうことで結論付けた。
 しかし、月日が経つとその確信にも自信がなくなってきてしまい、いまでは結局おならをだせなくなった原因は不明と判断している。
 とうに忘れかけていたものだったが、もう自分の意志で肛門を操作できないのだとわかった途端、「私はこれ以上ない稀有な特技を失ってしまった……」とただならぬ喪失感を抱いた。人は失ってはじめて本当に大切なものに気づく。

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2018-11-13 : むかしの話 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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はじめて観たAVで世界の真実を知った

 あれは私が中学校一年生のときだ。一人で下校途中に森進一のものまねをするコロッケのものまねをしながら歩いていると、畑に一本のビデオテープが裸で落ちているのがちらりと目に入った。
「ビデオテープが一本だけ、それも裸で忽然と落ちているなんてどう見ても不自然。しかもビデオテープのテープを保護するパカパカ動く部分の色が市販されている通常のビデオテープとは色がちがうッ! これは何者かが処分に困ったAV(アダルトビデオ)を深夜にでもこっそり投げ捨てたとしか思えないッ!」
 私は落ちていたビデオテープがエロにまつわるものだと瞬時に察知した。その判断の速さは放たれた銃弾の軌道を一瞬で見切って最小限の動きで回避するとんでも漫画のハードボイルドな主人公並に速かった。当時の私はマラという言葉さえ知らず、その意味を堂々と英語の女教師に聞いてしまうくらいエロ知識に乏しかったのだが、テレビや漫画などから得た知識でビデオテープのテープを保護するパカパカ動く部分の色が市販されている録画用のビデオテープとはちがうものは、エロにまつわるビデオテープである可能性が高いということは知っていたのだ。
 気づけば私はわき目もふらず無断で他人の畑に踏み入り、砂だらけのビデオテープを手にしていた。拾うときにビデオテープが犬のうんこの上に半分乗っかる形になっていたのがわかったが、すでにカラカラに乾燥したあとのうんこだったので、自分の中ではこれは拾ってもセーフということにした。『AV』と呼ばれるこの世でもっともすばらしいビデオテープを直に見るのも触れるのも、これが生まれてはじめてのことだった。
 直に触れてよく観察してみても、タイトルのシールこそ雑にはがされていて確認できなかったものの、市販されている家庭で録画する用のビデオテープはテープを保護するカパカパ動く部分の色が黒であるのに対し、私が手に取ったビデオテープは茶色であったため、やはりこれはエロにまつわるものでまちがいないと確信した。「やったっ!」と予期せず起きた僥倖に興奮をおさえられずにその場で小さくガッツポーズし、一人ほくそ笑みながらビデオテープを学生カバンの奥のほうにしっかりとしまった。畑に踏み入ったときに靴の中に大量の砂が入ってしまったし、ズボンの裾も砂だらけになってしまったが、そんなことは意に介さなかった。拾っている光景を誰かに見られていたら恥ずかしいなどともいっさい考えなかった。すでに頭の中はこれからはじめて観る『AV』のことでいっぱいだった。
 大急ぎで走って家に帰ることにした。帰り道途中の赤信号がもどかしくて地団駄を踏んだ。もちろん車が来ないのなら信号無視をつらぬいていただろうが、こういうときに限って車の交通量が多いから困る。そして、さらにこういうときに限って同級生に鉢合わせしてしまうのだ。
「なんでその場で走ってるの?」と同級生男子に声をかけられた。
「体は鍛えなきゃだからね」と私はとっさに答えた。
「学生ズボンが砂だらけだよ」と同級生男子が言うので、
「黒は汚れが目立つからね」と私はつとめて冷静に答えた。
「○○君(私の本名)って頭悪いの?」と同級生男子が言うので、
「そんなこともないはずだよ」と私はふたたびつとめて冷静に答えた。
 すぐに信号が青になったので、私はその場からそそくさと逃走した。
 家に帰るとすぐさま洗面所へ向かった。水でぬらしたタオルを手に持ち、人間から盗んだ食べものを抱えて逃走する卑しいサルのように背中をまるめて、こそこそと自分の部屋に入った。当時の私の部屋には親からゆずり受けた不要になった前時代の古臭い壊れかけのテレビとビデオデッキが完備されていたので、誰にも邪魔されずにAVを存分に楽しめる環境にあった。
 さっそく学生カバンの奥からビデオを取りだした。はやる気持ちをおさえようともせずにぬれタオルでビデオテープに付着した犬のうんこと砂をかなり乱暴に拭い、さっさとビデオデッキに強引に押し入れた。けれども、ビデオデッキはさきほどまでうんこが付着していた汚らわしいビデオテープを押しこまれて不機嫌になったのか、無情にも押し返されてもどってきた。「なんだ、こいつ!」とこちらも思わず腹を立て、かなり強く押し返した。ビデオデッキもふたたび「ベー! ダメー!」と言わんばかりに吐き捨てるように無慈悲に押し返してきた。こうなればこちらもさらに意地になり「旧型がっ!」と吐き捨て、数回ビデオデッキと不毛な押し合いをくりかえした。ややあって、ようやく敵も根負けしたのか、やっとうまく嵌まってくれた。巻きもどしをするのも忘れ、すぐに再生ボタンを押した。これからはじめて観るAVに私の胸は期待で最高潮まで高鳴った。
 ビデオの再生がはじまった。画面に映しだされた光景に私は愕然とした。さすがに清純派アイドルのような可憐な女の子がでてくるなんて都合の良い期待をしていたわけじゃない。いまでこそアイドルよりかわいいAV女優がめずらしくなくなり、それこそ元アイドルがAV女優になる時代となっているが、九十年代前半当時ではそんなAV女優は数えるほどしかいなかった。家庭環境にあまり恵まれなかったような、夜の世界で生きてきたことを容易に想像させるような、情婦をやっていそうな、一癖も二癖もありそうな、そんないかにもといった感じの二十代のAV女優がでてくるのだろうなと予想していた。しかし、私の予想に反して画面に映っていたのは、五十代と思われる容貌と、大仏ヘアーと、でっぷりと太った三段腹と、もうとっくに重力に負けきって限界まで垂れさがっただらしない推定Eカップのおっぱいが印象的な醜怪なおばちゃんだった。
 その醜怪なおばちゃんは屋上でナース服をはだけさせ、立ったまま太くて短い足を開き、自分の女性器にバイブを挿入しては一心不乱に喘いでいた。よほど快感なのか両足がガクガクふるえて千鳥足になりながら、恍惚の表情を浮かべ、すこしずつカメラのほうに近づいてきた。
 なんておぞましい光景なのだろう……。無我夢中でバイブを出し入れし、快感をむさぼるように喘ぐおばちゃんのうしろに広がる雲ひとつない綺麗な青空が、おばちゃんの醜さをより強調していた……。
「どこの誰の仕業だか知らないが、なんてものを拾わせてくれたのだ!」とふつふつと怒りがこみあげてきた。もうこの場でビデオテープをたたき壊してやろうかとよっぽど思ったが、なぜかこのとき、せっかく拾ってきたのだから最後まで一応観てみようと思ってしまった。怖いもの見たさもあったし、怒りのあまりおばちゃんをちゃかしたい気持ちもあった。なにより少年にとって背伸びして覗き見る大人の世界ほど興味を惹かれるものはないのだ。そんなわけで、やめればいいものをところどころ早送りしつつ最後まで観ることにした。
 屋上でのさながら悪夢のようなオナニーシーンが終わると、ベッドで男優との一対一のセックスシーンになった。裸で無造作にごろんと寝転がるおばちゃんはやっぱり醜い。腹まわりの肉がでろんでろんに左右に垂れさがっていた。まるで沖に打ちあげられたトドのようだった。沖に打ちあげられたトドの中でもそうとう醜い部類に入るトドのようだった。もしも、発情がおさえられずに街で暴れまわってトラクターとかに体あたりをくりかえして雄叫びをあげているオスのトドに、全裸のこのおばちゃんを近づけて抱かせようとしても、「いや、そういうのいいんで! 自分ほんとそういうのいいんで!」と途端に気弱になり、引きつった顔を全力でそむけて拒否し、意気消沈しておとなしく海へと帰って行きそうなくらい、おばちゃんは規格外に醜いトドのようだった。一方、男優のほうはというと妙に痩せていてハゲているこれまた気持ち悪い人だった。
 前戯は早送りして挿入後から観ることにした。醜い体で醜い声で喘ぐちぎれ落ちそうなほどおっぱいの垂れさがった三段腹のトドおばちゃんと、大汗(冷や汗?)をかきながら無言で懸命に腰をふる気持ち悪い痩せたハゲ男優。地獄だ! まさに地獄絵図とはこのことだ! 自分から観ておきながらあまりにも醜悪すぎる光景に耐えきれなくなり、思わず早送りした。ちょうどラストシーン間近で再生がはじまった。
「イクよ」ハゲ男優がやさしくささやくと、
「一緒にイこう」トドおばちゃんも答えた。
 男優がおばちゃんの女性器からペニスを抜いて、おばちゃんの顔に射精して果てた。当時はそんな言葉など知らなかったが、いわゆる『顔射』というやつだ。おそらく男優も好んで受けた仕事ではなかったのだろう。見た感じけっして人気のある男優には見えなかったし、業界で生き残るためにこんな仕事でも断れなかったのだろう。ようやく仕事をやり終えてほっとしたのか男優もぐったりしていたが、観ているだけのこちらのほうもずいぶん疲弊してぐったりした。そんな最中、トドおばちゃんがこのうえなく怪奇な行動を取りだした。なんと自分の顔にかけられた精液をまるで美容パックでもするかのように指で顔全体に丹念に塗りたくったのだ。そして、指についた精液をさもうれしそうに笑顔でひょいっと舐めたのだ。それを見た瞬間、これまでの人生でかつて経験したことがないほど強烈な悪寒が私の全身を走り抜けた。激しくえずきながらあわててビデオを停止した。「なぜトドおばちゃんは突然こんな理解しがたい気味の悪い行為をしたのだろう?」と心底おびえた。まるで自分の精液をトドおばちゃんに舐め取られたような気になり、それどころかすべての生気すらトドおばちゃんに吸い取られたような気になり、その場にへたりこんでしばらく動けなかった。
 ぼんやりしながら目線を下に降ろし「私の学生ズボンの裾、汚れているな」とか、自分の手をながめながら「もうそろそろ爪切らなきゃ」とか、「人生っていったいなんなんだろう?」とか、「死んでも意識はあるのだろうか?」とか、「あの世に本当に地獄はあるのだろうか?」とか、「地獄に行ったらこのトドおばちゃんに会うのだろうか?」とか、「日付変更線を越えたら昨日にもどれるのかな?」とか、考えていた。
 中学校一年生で精通すら迎えていなかった当時の私は、セックスというものは若者のためのものだとばかり思いこんでいた。そして、おばちゃんという生き物はどこまで行ってもおばちゃんで、若い女とはちがう『おばちゃん』という生きものだと認識していた。だから、まさか五十代のおばちゃんがセックスをしているなんてこのときまで想像もしたことがなかった。しかし、現実はそうではないと無慈悲に突きつけられた。街をあんなにも平然と澄ました顔をして歩いているすべてのおばちゃんたちが、家ではみんなトドおばちゃんみたいな真似をしているのだと真実を知った。子どもが覗いてはいけない大人の世界を盗み見てしまった恐怖でふるえあがった。絶望した。幻滅した。失望した。生きていく意味すら見失ったような気がした。近所に住むあらゆるおばちゃんを嫌悪した。すでに若くない同級生の母親たちや、学校のおばちゃん女教師たちを嫌悪した。もうこの世のすべてのおばちゃんと二度と接したくないと思った。
 その日の夕食はすき焼きだったが、なんだか頭がぼうっとしてしまって、味がぼやけてなにも感じられなかった。どれほど注意を払いながら箸で米を口に運ぼうとしても、おぼつかず何度もぽろぽろこぼした。すき焼きにつけるたまごの白身が男優の精液を連想させ、やたら気持ち悪く感じたことだけは克明におぼえている。その日から脳内でどんなに打ち消そうとしても、どうしても精液を連想してしまって吐き気がするので、たまごの白身が食べられなくなった。すき焼きのときはかならず白身は捨てるようになった。たまごかけごはんやラーメンを食べるときも、白身は捨てて黄身だけをかけて食べた。とろっとした半熟たまごを使用したオムライス、とろろごはん、ところてんなども精液を連想してしまって吐き気がするので食べられなくなった。その症状はそのあとすぐに精通を迎え、はじめて精液というものを直に目撃しても、オナニーをおぼえて精液に見なれても、街にはエロ本やAVを販売している大人用の自動販売機がひっそりと存在していることを知り、若くてかわいいAV女優が出演するAVを観られるようになってもなおつづいた。
 ビデオテープは部屋のすみに置いているだけでも耐え難いほど不快だったし、所持しているだけで激甚な災いすら招きそうだったので、その日のうちに人通りがまばらになった夜を見計らい、走ってこそこそ畑まで行き、オリンピックで観た円盤投げの要領で助走をつけた上に一回転しながら、ありったけの力でできるだけ遠くへ投げ捨てた。トドおばちゃんに暴言を吐きながら。なんと言ったかはもはやおぼえていない。
 そのあとは、すぐには家に帰りたくなくて、心のモヤモヤをすこしでも消滅させたくて、街灯もろくにない夜のうす暗い道を駅に向かって息が切れるまで走りつづけた。
 この日、大人になるということは、知りたくもないことを知ることなのだと理解した。生まれてはじめて観たAVは、いまでも最悪な思い出として残っている。

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マラの意味を知らず恥をかいた

 恥をかいたきっかけは『はじめの一歩』だった。『はじめの一歩』とは、幕ノ内一歩という気弱ないじめられっ子の男子高校生が、ふとしたきっかけからボクシングと出会い、プロボクサーとなって成長していく少年向け漫画だ。
 中学校一年生のとある日、私は理容室で順番待ちをしていた。特にやることもないので、たまたま目についた『はじめの一歩』の四巻を適当に流し読みしてみることにした。なぜいきなり四巻から読もうとしたのかというと、一巻から三巻まではなかったから。単に順番待ちの時間をつぶしたかっただけなので、途中からだろうがいっこうにかまわず読むことにした。読みすすめていくと中学校一年生には意味がよくわからないシーンがあった。
 それは主人公の幕ノ内一歩が東日本新人王トーナメント一回戦でジェイソン・尾妻(オズマ)という米兵黒人ボクサーと対戦することが決まったときのことだ。最初、一歩もジムの先輩たちも対戦相手のジェイソン・尾妻についての情報が名前しかわからなかったために外国人選手の本名とはまるで気づかず、てっきり日本人が対戦相手を威嚇するために強そうなリングネームをつけているのだとかんちがいした。そして、
「おまえも幕ノ内なんて間の抜けた名前やめて、リングネームつけてみろよ」と一番先輩の鷹村が言いだした。
「ジェイソンに対抗してフレディ一歩! ピューマ一歩!」とほかの先輩が言った。
 でも、それじゃあいまいちだということになって、
「よォし、これだ! ビックマラー一歩!」と鷹村が言った。
 ほかの先輩たちが「うおっ」と唸った。
 ここで私が散髪してもらう順番がとっくにきていて、店主に何度も呼ばれていることに気づいた。「あっ、すいません!」とあわてて漫画を閉じて本棚にもどした。このとき、店主に呼ばれていることに気づくのが数秒遅れていれば悲劇は起きなかった……。
 なにごともなく散髪を終えて家に帰った私はのんびりテレビを観ながら、さきほど理容室で読んだ『はじめの一歩』の意味がわからなかったシーンのことが、いつのまにか気になりだしていた。『ビッグマラー』のことだ。『ビッグ』は私でも簡単にわかった。大きいという意味だ。でも、『マラー』の意味がさっぱりわからなかった。当時の私は中学校一年生ということもあって、まだまだエロに関する知識がいちじるしく乏しく、『マラ』という言葉を目にするのもこれがはじめてのことで、『マラ』がエロにまつわる言葉である可能性など微塵も考えなかった。
 当時の私のエロ知識がどれほど乏しかったかというと、ほかの漫画かなにかで「パイオツカイデー」や、「コーマン」という言葉がでてきても、よくわからずにきょとんとしていたし、テレビでとんねるずの石橋貴明が「おならじゃないのよ、おならじゃないのよ、ちょっと空気が入っただけ」というギャグをよく言っていて、そのたびに大勢のスタッフたちはどっと大爆笑していたのだが、私にはなんのことやらさっぱりで毎回ほうけていたし、せいぜいテレビで誰かがふとしたときに発した「ボイン」という言葉はおっぱいが大きいという意味だと理解するのがやっとだった。
 『マラ』の意味がまったく理解できなかった私はなんの根拠もなく、頭の悪い子どもが外国人を見かけたら即座にアメリカ人だと思うような感覚で、「『マラ』は外国語っぽいので、きっと英語なのだろう」と短絡的に考えた。そして、わからないことは教師に聞くべきだと、さらに短絡的に考えた。
 いまの少年たちは生まれたときから容易にネットに触れられる環境であるために、たとえはじめて見聞きしたちんぷんかんぷんなエロ言葉があったとしても、すぐにネットでいくらでもさっと調べられ、誰にも知られることもなく、それがエロに関する言葉だと無事理解できるだろう。いや、もしかしたら小学生でも無修正のポルノ動画すらネットでこっそり観られてしまうとんでもない時代なので、ずいぶんませていて、そもそも理解できないエロ言葉などないのかもしれない。でも、昭和生まれの中学校一年生はそんなエロ言葉など知らなかった。さらにネットなど存在しなかった。そのため知らないことを理解するには周囲にいる大人に聞くのがもっとも手っ取り早かったのだ。
 翌日、ちょうど英語の授業があったので、私は授業終了後に英語の女教師を呼びとめた。英語の女教師は赤毛の天然パーマとほほに無数に点在しているそばかすが特徴的な人で、ミュージカル『アニー』の主人公アニーが年老いてすべての輝きを失ったような容姿をしていた。もしくは、川辺りに捨てられて朽ちたダッチワイフの南極一号のような容姿をしていた。
「先生、『マラ』ってどういう意味ですか?」
 なにも知らない私は忌憚なく質問した。しかし、汚いアニーこと英語の女教師は私が質問したときから表情をいっさい変えないまま無言で私を見ているだけだった。しばし二人の間に沈黙が流れた。
「先生、『マラ』ってどういう意味ですか?」
 同じ質問をして私が沈黙を破った。しかし、またもや英語の女教師は表情をいっさい変えずに無言で私を見ているだけだった。またもや二人の間に沈黙が流れた。
「先生、『マラ』ってどういう意味ですか?」
 なぜ英語の女教師が黙ったままいるのか私はてんで理解できず、三度同じ質問をくりかえした。すると英語の女教師はあくまでも表情をいっさい変えないまま無言で教室をでて行ってしまった。残された私は質問に答えてくれなかった意味がまったくわからず、ただその場に立ち尽くしていた。
 私がしばらく立ち尽くしていると英語の女教師が教室に帰ってきて、これまた表情をいっさい変えないまま私の頭をポンポンとたたきながら、
「○○(私の本名)は頭がピンクだからね」
 とだけ言い残し、ふたたび教室からでて行ってしまった。私はこの場で起こった出来事がなにひとつ理解できず、しばらく茫然自失としていた。おおいにとまどいながら長考を重ねた結果、おそらく『マラ』は相手をひどく侮辱する言葉か、けっして使ってはいけない人種や出自に関する差別用語なのだろうと推測し、十中八九後者だろうと勝手に結論をだし、二度と人前で使用しないと心に誓った。
 ややあって、同級生男子たちが『はじめの一歩』がおもしろいと話し合っているのを盗み聞きして、私も最初からちゃんと読みたくなったので、一巻からまとめ買いして読んでみることにした。確かに一巻からちゃんと読んでみると、とてもおもしろくて私もすぐに好きになった。夢中になって一気に四巻まで読みすすめた。
「そういえば、すこし前に英語の女教師に『マラ』の意味を聞いたけどちゃんと答えてくれなかったなあ」
 とのんきに思いだしていた。そこから問題の箇所まで読みすすめた。
「おまえも幕ノ内なんて間の抜けた名前やめて、リングネームつけてみろよ」と一番先輩の鷹村が言いだした。
「よォし、これだ! ビックマラー一歩!」と鷹村が言った。
 ほかの先輩たちが「うおっ」と唸った。
 私が理容室で読んだのはここまでだ。次のコマでは、
「えーっ! それ、ちょっとカッコいいっスね。『ビッグ』は大きいでしょ! 『マラー』はどういう意味なんですか?」
 と私と同じように『マラ』の意味を知らなかった一歩が、私が英語の女教師にしたように同じ質問をした。そして、下のコマに目を移すとそこにはとんでもないことが描かれていた。
「バカヤロ! マラーはマラじゃねえか。チンチンのことだよ!」と鷹村が言い、得意満面に笑いながらそそり立つ巨大なペニスを表すジェスチャーをして悪ふざけした。
 ほかの先輩たちも「ぎゃははははっ」と大笑いした。
 私は笑えなかった……。笑えるわけがなかった……。全身の血の気がサーっと引いたのが自分でもわかった。クラクラめまいがした。すべてを理解して、自分がとんでもないセクハラを英語の女教師にしていたことをようやく自覚した。その日は一晩中、枕に顔を埋めてもだえたり、壁に頭を何度もコツコツぶつけたり、ぼんやり天井を見上げたりしていた。
 あのとき英語の女教師は唐突に男子生徒に呼びとめられ、あのような質問をされてどう思ったのだろうか? もしかしたら私のことを『マラ』が淫語であることを本当は知りながら知らないふりをして、自分にいやらしいことを言わせようとして楽しんでいる程度の低い悪ガキと思ったのだろうか? 無視していったん教室からでて行ったにもかかわらず、すぐにわざわざもどってきて私の頭をポンポンたたいたのは、悪ガキのセクハラにすこしも動じない教師としての器量の大きさを示そうとしていたのだろうか?
 いずれにしても私は毎年ミュージカル『アニー』のCMを観るたびに、この取りかえしのつかないあやまちを思いだしては、恥ずかしさと後悔の念に耐えきれず、一人ジタバタしてしまうのだ。英語の女教師には『マラ』という言葉をどこかで聞いても、けっして私のことは思いださないでいてもらいたい。


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2018-08-08 : むかしの話 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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